※死を思わせる文章と、暴力的・血の表現があります。それでもOkという方のみお進み下さい。




















走った。
無我夢中で門まで走った。
自分が素足だったのを忘れて。

あの人に会えると思えば、他はどうでもよかったのだ。
そう思えるぐらい乱太郎は会いたいという気持ちが強かった。



「こら、夜中に走るな」



渡り廊下にさしかかった時、聞きなれた声に体が強張った。
そして、恐る恐る声のした方へと振り返れば、仁王立ちで立つ姿に、乱太郎は申し訳なさがこみ上げてきた。


「ごめいなさい、土井先生…」
「たく、厠に行くぐらいで走ったら、他の皆が起きるだろう」
「う…」


今日の見回りなのか。
忍者服に身を包む半助に、怒られた乱太郎は「小平太先輩に会いに行くんです」とは口が裂けても言えない。


「…もしかして、どこかに行くつもりだったのか?」


ギクリッ…!


「そのあからさまな態度は…いけない子だな、乱太郎」


何かを察したのか半助は、声のトーンを少し下げる。
すると乱太郎の肩が震え、一歩後ずさった。
半助の様子が、なんだか違って見えるからだ。


「ど、土井先生…?」
「ふふ…怯えちゃって可愛いな」
「っ…あなた、誰?土井先生じゃない…!」
「何言ってるんだ?私は、土井だよ」


違う!
と、叫ぼうと瞬間、グッと誰かに抱きかかえられ、乱太郎は別の意味で叫びそうになった。


「や…!!離して…!!」
「落ち着け、乱太郎。私だ」
「っ!?こへい、たせんぱ、い?」


聞きなれた声に、乱太郎は暴れるのをやめた。
顔を上げれば、視界いっぱいに、苦笑いをする小平太の顔があった。
その瞬間、恐怖から解放された乱太郎はぽろぽろと涙を流し、小平太に抱きついてワンワン泣き出した。
そんな恋人の背中をさすり、好きなだけ泣かせる小平太の鋭い視線は、土井半助へと向けられていた。


「乱太郎…」


ポツリと呟く声色は、いつもの半助の声ではなく、乱太郎も小平太もよく知る声そのものだった。
しかし、泣いてる乱太郎には聞こえてないかったのが幸いか。
もしも聞こえていたならば、乱太郎はショックうを受け、訳が分からずまた泣くだろう。
小平太は、冷静に思いながらも、目の前にいる土井半助を警戒したまま、まだ泣きやまない乱太郎の背をさする。


「ひっ、ふぅ…ぐすっ」
「乱太郎、もういい加減泣きやんでくれないと、困るんだが」
「ご、めん、なざ、ふぅ…っ!」
「ん…謝らなくていいさ」


ずっと聞いてなかった声と、久しい体温。
そう言って小平太は、それを確かめるように、強く抱きしめる。
もぞもぞと動きながら「苦しいです」と抗議を受け、力を緩めた。



「(この子は無事だった…伊作達に感謝しないとな)」



三日で終わる任務が、思わぬ奇襲で長くなってしまった挙げ句に、とんでもない情報を手にしまったのだ。
小平太が愛してやまない橙色の髪を持つこの少年に関する事だったものだから、小平太は目の色を変えた。


「(あれは、戦力を減らす為に止めるつもりだったのだろうが、無駄に終わったな)」


何故、任務中に奇襲があったのか。
それは、目の前にいるこの男の犯行だと、小平太だけでなく他の同級や先生方も知っている。


「乱太郎、先に部屋に帰っててくれ」
「え?」
「私は、先生に報告しないといけない事があるからな」
「でも…」
「何、ほんの五分で終わるさ」


小平太の申し出に、乱太郎は困惑したが、にんまりと笑う彼にしぶしぶ頷く。
抱きかかえられていた乱太郎は、下ろしてもらい心配そうに小平太を見上げる。
すると心配するなと言わんばかりに、乱暴に頭を撫でられ「早く行け」と言われてしまっては、行くしかない。
そして、恐怖からか乱太郎は、半助を見る事が出来ずに、走って横切って行ってしまった。


「おい、乱太郎に触ろうとするな」


その言葉にピクリと半助の肩が震える。
闇に消えていった乱太郎を確認した小平太は、殺気をむき出しにする。



「そんな殺気立って、どうしたんだ。七松小平太」
「気安く私の名を呼ぶな、鉢屋三郎」
「…何故わかったんですか」
「はっ!こんな小細工、私に通用すると思ったか」


ギラリと鋭い眼が、半助もとい鉢屋三郎を捉える。


「あのプロ忍、お前の差し金だろう?」
「ええ、彼らの主に変装して、貴方達を足止めして来いと言ったんです」
「そうか、だが残念だったな」
「そう、ですね。あまり足止め出来なくて残念です」


いくら六年でもプロ忍には敵わないと踏んでいた三郎だったが、残念な結果になってしまった。



「鉢屋三郎。俺は、お前の戯言に付き合っている暇はない」






――ここでお前を殺さないだけでも感謝しろ。






そう告げる七松小平太は鬼そのものだった。
あの陽気で明るい小平太とは想像もつかない、その殺気が三郎を震わせた。




「(この人、殺した、な)」



あの人たちを。


嫌でも分かる。
雨に流されても、血の独特な匂い。
そして、興奮冷めやまぬもの。


「(何故なんだ、何故、私ではいけないんだ)」


あの子を手に入れたかった。
卒業へと向けて特別な課題を受けた六年達がいない今、チャンスだと思ったのに。
理由は知らないが、伊作と留三郎が、残っていたことに、三郎にとって誤算だった。
五年も進級する為、実践テストで学園には居なかった。
その実践でまた実技の先生達や学園長まで留守にしていた。




この時しか、チャンスはなかったのに。
あの子を手に入れるチャンスだったのに。




もう既にいない小平太に気付かず、三郎はただただ、その場に立ち尽くすばかりだった。









中編完
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